2021年12月13日月曜日

出光佐三

 出光佐三 いでみつ さぞう

   1885.8.22~1981.3.7

           石油、海事実業家として〜出光興産の創業者

           「海賊と呼ばれた男」2016年東宝映画 by百田尚樹(ひゃくた なおき)

 

 今、コロナ禍で、この国は、敗戦直後に似た財政悪化状態 → 出光佐三は敗戦時

           「愚痴を止めよ」

           「世界無比の三千年の歴史を見直せ」

           「今から建設にかかれ」

           「我々は家族なんだ。一人も馘首(かくしゅ・解雇)しない」

と語り、社員と共に立ち上がり、出光興産を世界の石油メジャーに負けない企業に発展させていきました。この三千年とは、皇紀2681年の事です。

 

 美智子上皇后陛下が、平成10年に開催された国際児童図書館評議会のビデオレターにて、戦中、疎開先にお父様(正田醤油、いや、日清製粉の創業者・正田家)が、神話や昔話の本を持ってきてくださった思い出を語られました。

 『私は、自分が子供であったためか、太古の物語を大変面白く読みました。一国の神話や伝説は、正確な史実ではないかもしれませんが、不思議と、その民族を象徴します。

 これに民話の世界を加えると、それぞれの国で、どのような自然観や生死感を持っていたか、何を尊び、何を恐れたか、どのような想像力を持っていたか等が感じられます。

 父がくれた神話伝説の本は、私に、個々の家族以外にも、民族の共通の祖先があることを教えたという意味で、私に一つの根っこのようなものを与えてくれました。』

 

 皇紀も、教育勅語も、まず学んだ事は無いでしょうが、この根っこを忘れかけているんでしょうね。丁寧なサービス業という表現を、誠実に仕事にのぞむ。誠実に継続するという表現として、理解し直しましょう。

 目の前のことを一つひとつ、誠実に取り組むうちに、事務所の存在は続きます。心から相手の事を考え、仕事の処理、発想に頭をつかう事で、魂が伝わります。

 かくゆう伊藤直樹も、決して誠実な生き方を、これまでの38年間、貫く事が出来た訳ではなない。

 弱くて、迷い多き自分も、かろうじて今日迄生きてこられたのは、道から逸れそうになっても、士業の「無償独占+日本を大切に思う気持ち(=日本の不動産が大好きな日本人が好き!)」という原点に、いつも引き戻して仕事に対峙してきた事にあります。

 今回、美智子様の話、出光興産の話は、76年前、昭和20年敗戦からの復興について「致知」という月刊誌の「人生、一誠に帰す」という特集から抜粋させてもらいました。 

1.武士道の新渡戸稲造

2.一代で日本ガイシ、ノリタケ、TOTOを築いた、森村市左衛門

3.日露戦争を勝利に導いた、東郷平八郎

4.明治維新の西郷隆盛

5.明治元年に人間修養の学問が乏しいと憂えられた事を受け、教育勅語を作った、元田永孚(もとだ ながざね)

6.昭和の経営の神様、松下幸之助

7.そして安倍内閣で教育基準法改正に尽力された、山谷えり子(昭和25年生の自民党現参議院議員)

 

この7人に限らず、皆〜誠への道、誠実・至誠を語られてきました。

「人生、一誠に帰す」

 

P.S

 私達は歴史を忘れてはいけない。

 あなたの事務所・自宅に神棚はありますか?

神棚の下で育つということは、祖先と共にある自分、それから、地域の自然とか氏神様のおかげで生きている自分、という意識を幼少期から植えつけられてきたのです。

 

 家族型経営とか年功序列とか、終身雇用が否定的に言われますが、先輩から後輩へ、教えを伝承して育てるというやり方は軽視すべきではありません。

 

 個々の能力ある人のみ、抜擢するばかりでは、組織の力は落ちます。

 日本型を大切にして、変革すべきところは時代に合わせ、変えるべきところは変えていく。このような見識は、皇紀、日本の歴史から汲み取るべきかと。

 

 自分も毎朝、自宅と事務所の神棚のお榊の水を変え、1日と15に洗米と御神酒も替えさせていただきます。

 二礼二拍手一拝(にれい にはくしゅ いっぱい)を、毎朝する事で、日本の歴史を感じています。

 

 貴方はどうですか?