尾崎豊
転がり続ける俺の生きざまを、時には無様なかっこうで支えてる・・・
ご存知、シェリーという名曲。
歌詞は、「俺はたどりつけるだろうか、俺は這い上がれるだろうか・・・」よく唄わせていただいたものです。
或る、ハンセン病に取り組まれた精神科医K女史の「生きがい」に関する書物にて、人にとって生きる意味とは何なのかを追求され・・・こんな表現が。
1.自分の存在は何かのため、または誰かのために必要であるか。
2.自分固有の生きていく目標は何か。あるとすれば、それに忠実に生きているか。
3.自分は生きている資格があるか。
4.一般に、人生というものは、生きるのに値するものであるか。
あれ?全く同じフレーズ?そう思いませんか?
転がり続ける俺の生き様を・・・・
俺はうまく笑えているか
俺は誤解されてはいないか
俺に愛される資格はあるか
俺は決してまちがっていないか
俺は真実へと歩いているかい
自分がやっている仕事に意味があるのだろうか。
もっとやり甲斐のある仕事に就きたいと悩んでいる人。そのような人は、自分のやりたい事とやりたくない事との間に線を引き、やりたい欲だけを基準として、仕事のことを考えている。
しかし、やりたくない事=仕事は、何かの為に役立っていると感じられるようになれば、一転、やり甲斐は広がるのです。
シェリー。15の夜。盗んだバイク・・・
大きな挫折。失敗。大切な人との死別。又は突然の病によって。
若い頃と、還暦を過ぎた初老にとって、生きがいは、全く違うようでいて同じよう。
尾崎豊は15ならぬ26歳、1992年の平成4年、まさにバブル崩壊の年に逝ってしまいました。
私伊藤直樹も、昭和58年、26歳でこの士業事務所をスタートし、平成4年の開業9年目、35歳の時に、13億の借金で崩壊しそうになりました。
でも、アレカラ30年。
忠実に真実に向けて1件毎の仕事に向き合い、測量、売買取引、相続、贈与、財産分与、譲渡担保、かつての不思議な信託、任意整理、遺言、相続放棄、税申告、そして、各別の個性ある不動産仲介において、必ず、依頼者、そして関係する全ての人に良かれ、という生き方を基準に、仕事をしてきました。
評論家にはなりたくありません。地に足がついていない夢物語には感心ありません。目先の緊急解決策起案が最も得意であり、それが日本の法律に合っているかが基準ではなく、ご依頼されている方の生存の為、何に重きを置くべきか‥‥が、自分の真実です。
土地家屋調査士が、固有の目標です。
この役務の中に生きている資格があると自負しつつ、同時に、多くの所員を抱え、必ず、給与、福利厚生にも零細企業経営者として責任を果たすことが忠実に生きる事であり、或る意味、愛される資格であると自負しています。
今年8月。64歳です。
100歳まで、まだまだ36年間。この人生、続けます。
土地家屋調査士資格なる自分を愛して業歴38年
伊藤直樹は真実へと歩いているかい!?