2019年6月27日木曜日

全国の会員のみなさんへ

 愛知会会員の方々にお読みいただくだけにとどまらず、全国の土地家屋調査士の仲間、更には一般のみなさんにも、この会長の部屋ブログを読んでいただいていることについて、本当にありがたく思います。
 愛知会会長職(5月31日信任)と、日本土地家屋調査士会連合会副会長職(6月19日選任)を兼任にて、今からの2年間、しっかり務めあげる内に、私自身の行動についてもみなさんに、しっかりとこのブログにて情報公開してまいりたいと思っています。



  早速ながら、連合会の役務として國吉新会長から、社会事業部と研究所の担当を仰せつかりました。
 鈴木泰介君が総務、財務。野中和香成君が業務と制度対策本部。小野さんは研修と広報を担当することとなり、7月3日の理事会において、各部長、各理事の分掌も発表となります。特に私が従来から気にしていた全国の公嘱協会及び各都道府県協会ではない、土地家屋調査士がJV等にて受託する公嘱登記についても、担当をさせていただく事となったのも、奇しくも30年以上前に全公連会長を務められた、当時愛知会の公嘱協会トップ、寺尾吉信大先輩との思い出まで遡ることになります。

 私直樹は現在61才。最初の、愛知会理事として当時の成澤千勝愛知会会長のもとで31才にして務め始め、32~33才の頃から、公嘱協会問題への発言担当へと何故か役割がまわり、常任理事として初めて連合会総会にて発言の体験をした頃より、当時発足されたばかりの全公連とのせめぎあいに参加していた事を懐かしく思い出せます。
 しかるに、公嘱協会船出の頃は、お金一色でした。測量コンサルの成果に基づいて、官庁の登記の地積測量図の作製者(後に作成者)として土地家屋調査士を名乗る…だけの再委託業務をスタートとしていた事は忘れられません。そこから30年かけて、少しずつ土地家屋調査士の力を発揮してきたのです。

 寺尾先生をはじめ、協会創業のみなさんの理想と現実を、若気の至りで随分偉そうな事を申し上げていた自分を大変恥ずかしく思っています。国鉄民営化があり、そして阪神淡路大震災があり、公嘱協会のフィールドは一気に全面に広がっていきました。それでもまだ、一部役員の方々による、収益の出る仕事の配分という表現が、随分気になりました。そしてこの15年、20年の間に、すっかり各都道府県の本家協会のスタイルは、まさに土地家屋調査士の現在。そして近未来を支える希望を担っています。
しかし、北海道の再委託図面をはじめとして、全国の全ての公嘱業務が土地家屋調査士の関与を、法務省の教科書の書いてもらっている通りに現場で貫いているのかというと、状況は違います。
  日本測量協会の会長に6月25日、清水英範東大教授が就任されました。豊橋のご出身です。又、日本測量設計業協会の野瀬会長と岡田前会長、そして國吉新会長は、親しく交流をされています。しかしながら、全国のコンサル・測量業業界と土地家屋調査士業界のせめぎあいは、公務員の方々の名をもって、申請を今でも続けるという地積測量図の作成者偽造(?)が常態化していることからみても、解決されてはいないと、私見ながら私はおかしいと思っています。

 愛知会の本会会館には、寺尾先輩から寄贈いただいた有名な作家の額を飾らせていただいています。平成16年に竣工した際に、当時の副会長として受け取らせていただいたものです。本会と公嘱協会は、同じ土地家屋調査士の明日に向けた夢を共有しています。全く同一の遺伝子です。
 社会事業部の担当は、重い任務であることを認識の上、全国のみなさんのご意見をお預かりしてまいります。